大八朔聖域紀を作った経緯|ピアノ教室 管理人のつぶやき

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ピアノ教室管理人どうも、ピアノ教室管理人です。

朝、1時間散歩するようになって気づいたのですが、
福田音楽教室のある緑区西八朔近辺には、
結構「お地蔵さん」とか「小さな神社」があるんですよね。
最初はあまり気にかけていなかったのですが、 黙って通り過ぎるのもどうかと思って、手を合わせたりお参りするようにしました。 これはこれで、なかなか気持ちのいいものです。 今では朝の散歩の道中で約6箇所程、お参りしています。 ある日の散歩の途中、 草むらにある石ころの集まりに目が留まりました。 よーく見ると、半分に欠けた仏さまが彫ってあるんです。 もともと1つだった石仏の石のかけらを寄せ集めて、 そこに存在していました。
その日はそれで終わったのですが、 後日あらためて「西八朔写真館 -West8-」のネタにと思い、 写真を撮りにカメラを持って出かけ、草が邪魔だったので手でよけたところ、 そこには「願成就所 建立大日如来」と文字が刻んであったのです。 この仏さまは「大日如来だったのか!」と、いたく感動しました。 何らかの事情で壊れてしまってますが、 こんなボロボロになってまでもそこに存在し、 人間を救おうとされている姿に純粋に感動したのと、 これを捨てずに破片を寄せ集めてまでも、 今日まで残している人の思慮にも心動かされる思いがしたのです。 そしていつからここに建っていたのか、という考古学的興味と、 このままではいつか消えてしまうのではないか、という焦りを同時にいだきました。 数年前、 アフガニスタンでタリバンによって 「バーミヤン遺跡」の石窟の大仏が爆破されるニュースを見たとき、 ものすごく憤りを感じたことがあります。 壊したり失われてしまえば、 もう二度と元には戻りません。 ナポレオン軍が大砲で破損させたというスフィンクスの鼻は生えてきません。 世界遺産も、西八朔の小さな石仏も同じ。 なんとか保護して、次の世代の人たちに繋げていきたい。 でも一サイトの管理人ごときには、有効な手立てもあまりありません。 せめて、できるだけ沢山の人に知ってもらえれば、 小さな聖域でも残していける可能性が出てくるのではないか、 と思いました。 もともと「西八朔写真館 -West8-」のネタにと思っていましたが、 とても収まる内容ではないので、新たにコーナーを作った次第です。 コーナー名「大八朔聖域紀」は、 あの西遊記の三蔵法師でお馴染み、 唐の高僧・玄奘三蔵が記した「大唐西域記」からイメージしました。 ・・・名前だけは立派です。 まあ、本来は「ピアノ教室のサイト」ですので、 あまり大きなことは言えませんが、 ちょこちょこと追加したいきたいと思っています。 あと、特定の宗教的意図はまったくございません。 基本的には考古学的興味と遺跡保護的趣旨でやっておりますので、 宗教的ツッコミはご遠慮くださいネ。 よろしくおねがいします。 福田音楽教室ホームページ ピアノ教室管理人

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