第5回フレッシュ横浜音楽コンクールの感想

第5回フレッシュ横浜音楽コンクールの感想

「第5回フレッシュ横浜音楽コンクール」の予選通過者が発表になりました。

当ピアノ教室からの出場者は……残念ながら通過者なし、です。でも、それぞれにいい経験ができたのではないかな、と思います。生徒さんも、りえ先生も。(管理人も)

せっかくなので、管理人が個人的に思ったこと、感じたこと、考えたことをここに書いておこうと思います。(教室の方針とかではありませんよっっ)

日常的にピアノで練習している子と、電子ピアノで練習している子の差が出る

以前も書きましたが、やはり如実に出てしまいますね。

指や筋肉の発達だけではなく、弦とハンマーの感触や反動を感じているかどうかは、演奏動作や音の深さ、強さに表れますよね。

そしてそれは、審査の対象となってしまいます。

完全本気モードの子と、そうでない子の差が出る

「完全本気モードの子」とは、将来、音大やピアニストを目指している子とその親御さん、先生のことです。

今の子どもたちは、管理人が子どもだったときと比べ、とても忙しいようです。スポーツにお稽古事や習い事、学習塾、そして学校も宿題も。放課後の予定はビッシリで、それが普通みたいです。

そして(特に都会では)中学受験が待ち構えていますので、小学4年生にもなれば、普通に塾通いがはじまります。私立中学に入れれば、なにかと良いらしいですから、多くの子や親御さんはそれを目指して、塾通い、つまり受験対策に余念がありません。

そんな子でもピアノを練習し上達すれば、ピアノコンクールにたくさん出場してきます。

でもその中に真逆の子も混ざっているんですよね。それが「完全本気モードの子」です。

彼ら、彼女たちは本気で音大やピアニストを目指していますから、コンクールも必死ですよね。練習の量も質も、環境も違いすぎます。

「完全本気モードの子」は音大やピアニストを目指していますから、中学受験のための塾通いは眼中にありません。ピアノの練習自体が受験対策ですから。

こんな子を相手に戦っては、ちょっと上達したレベルの子では太刀打ちできなくて当然です。例えはよくないですが、二等兵と特殊部隊の兵士が戦っているようなもんです。敵いません。

「完全本気モードの子」たちは、そういう人生の選択をし、そのための訓練を受け、コンクールという戦場に出てきます。専門性が高い子たちなんですよ、そのスジで上を目指しているわけですから。

で、そういう「完全本気モードの子」たちは、日常的にグランドピアノで練習していますよね。衣装から違いますもん、やっぱ。

普通の子は“ピアノを弾いている”レベルですが、「完全本気モードの子」たちは“演奏”をしています。この差は大きいでしょう。

そして「完全本気モードの子」たちが“演奏”すれば、審査の基準も上がってしまいます。

「完全本気モードの子」の中で、一番レベルの高い子を頂点としたヒエラルキーが、一瞬にして出来上がってしまいます。会場の空気が変わってしまいますからね。

予選が自由曲のコンクールには注意

予選が課題曲の場合、その決められた課題曲によってある程度レベルが見えますが、自由曲の場合よくわからなくなります。

「完全本気モードの子」たちが、難易度の高い得意曲を演奏する可能性があるんですよね。

ほんの数名だけが次元の違う演奏を披露しちゃうので、やはり普通の子では太刀打ちできません。

これ、要注意です。

シビアだからこそ良い!

コンクールの審査はシビアですよね。各自の練習環境や家庭環境なんか考慮してくれません、そのときのステージ上が全てです。ほんの数分で優劣がハッキリ決まります。

超シビアです。

今の時代、運動会で“みんなで手をつないで一緒にゴール”させるところもあるように、「比較しない教育」っていうものもあります。

でも、コンクールってそんな世界じゃないんですよね。コンクールって「ダイヤの原石」を探すためにあるんじゃないかな。「ダイヤの原石」を見つけ出すためには、ただの“石っころ”はふるいにかけられ落とされます。

ある意味、とても残酷な世界です。

でもよく考えてみると、音大を頂点とした音楽教育って、ハッキリ言って「10年に一度の天才を探す」ために機能してるんだと思います。極端な意見に聞こえるかもしれませんし、お叱りを受けるかもしれません。

でも少なくとも、毎年膨大な数の“ピアノの先生”を輩出するために機能しているわけではないはずですよ。もしそうであれば「教室運営学・経営学」みたいなものがたくさんあってしかるべきですが。

基本的には音楽界・音楽史に名を残すような、演奏家や作曲家、指揮者を輩出するために存在しているんだと思います。控えめに言っても、プロの演奏家や作曲家、指揮者を輩出することが第一の目的でしょう。

そしてコンクールも、その一翼を担っているわけですから、シビアになって当然です。“みんなで手をつないで一緒にゴール”ばかりでは、文化的に継承できないジャンルもあるということですかね。

ただそういうシビアな世界を小さいうちに経験しておくのは、とってもいいと思います。だって、どのみち社会に出れば競争競争の超シビアな世界なんですから。

ただ個人的には「10年に一度の天才を探す」仕組みって、ちょっと教育機関としてはいかがなものか、と思っています。ま、それはまた別の話しですが……。

 

あ、以上は管理人の個人的感想ですから、うちの教室やりえ先生の考え方とは関係ないですよ、念のためね。

むろん異論は認めます。

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